子の習い事がショッピングモールの中であった日。子を送り届けて、待ち時間にモール内の書店をぶらつく。
文芸コーナーをひとしきり見て、最後に絵本のコーナーも見ておこうかな、と軽い気持ちで立ち寄ったら、この深い青に目がとまった。

『いしとぼく』(文 小寺卓矢、絵 きくちちき/アリス館)
※表紙画像はアリス館の指定にもとづき、書誌事項を明記して使用しています。https://www.alicekan.com/faq/
きくちちきさんのお名前と、巻いてあった帯の「きみは せかいだ」というコピーも気になり、青に吸い寄せられるように手にとる。
正直に白状すると、わたしはここ数年、個人として深く、心から感動する絵本に出会っていなかった。
絵本の世界にのめりこむきっかけになった『あさになったのでまどをあけますよ』(荒井良二/偕成社)や、『そよそよとかぜがふいている』(長新太/復刊ドットコム)がいまのところ、最初にして最大の衝撃と感動だったように思う。
以降も、「いいなあ」「好きだなあ」と思う絵本は何冊もある。あとは「発想がおもしろいなあ」とか。
3年ほど前に小学校の読み語りボランティアをするようになってからは、「これは◯◯年の子どもたちが好きそうだなあ」とか、「この絵は教室の後ろの席でも見やすそうだなあ」とか、そういう視点でいいなあと思うことも増えた。
だからこの本も、最初は「きっと絵がきれいで迫力があるだろうから、読み語りにつかえるかなあ」なんていう軽い気持ちで手にとった。と、思う。
結果的には、9年ぶりに、心が震えるくらい感動した絵本になったのだけれど。
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表紙を見た。素敵な青だなあ、と思う。
きくちちきさんの絵本は何冊か読んだことがあったので、この先にどんな絵が広がっているのか楽しみに、ページをひらいた。
最初の見開きページは、海で丸い石を見つけているシーンで。「あ、夏に読むのによさそう」「絵柄も大きいし、教室の後ろからでも見やすいかもね」なんて冷静に見ていた。
しかしその次のページから、今度は文のほうにもぐっ、と力が宿るのを感じて、あれ、この本は、と思う。
この本は、これは。
もしかして、さりげなくすごいものを手にしてしまったかもしれない。
そしてさらにその次のページ。
そこからはもう、言葉に宿るエネルギーと、絵に宿るエネルギーが、絵本の上で混ざりあって、ぐわんぐわん共鳴しだすのを感じていた。
頭のなかで、何かがずっと鳴っている。
どこいくんだろう、このエネルギーの渦みたいなものは、どこへいってしまうんだろう。
自分でもよくわからないドキドキとともに、ページをめくっていく。
絵本が連れて行ってくれたその先は、私が想像していたよりも、はるかに深い場所だった。
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私がたまたまこの本を、とある地方の書店で立ち読みしたのが2026年6月25日で、奥付に印字された初版発行日は2026年6月30日。
子が小学生になってからは以前よりも書店の絵本コーナーに行かなくなったなか、このタイミングで出会えたのも縁だと思い、購入した。
小学5、6年生くらいの子どもたちに読んだらどんなことを感じるだろう、高学年くらいの子どもたちにこそ出会ってほしいな、と思ったのもあるし、大人の友人で、紹介したい顔が思い浮かんだのもある。
ただ正直なところ、読み語りや紹介だけが目的ならばそのときに図書館で借りてもいい。でも今回は何より、自分が、手元で何度も読み返していきたい本だと思った。それが一番の理由。
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ところで、きくちちきさんの絵のパワーは以前から存じ上げていたけれど、それとぐわんぐわん共鳴するような文を書いたのはどなただろう、とお名前を拝見したら、写真家の小寺卓矢さんだという。
検索したら、『いっしょだよ』『だって春だもん』『森のいのち』(文・絵 小寺卓矢/アリス館)など、私も以前から見覚えのある写真絵本をたくさん手がけられた写真家さんだとわかった。
ああ、自然のなかに足を運び、自然を見つめ続けてきた小寺さんのまなざしがあったから、あれほどエネルギーを宿し、共鳴するような言葉をつづれたのかもしれないな。そう、ひとり勝手に納得してしまう。
小寺さんの写真絵本もまた今度じっくり、読んでみよう。
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『いしとぼく』(文 小寺卓矢、絵 きくちちき/アリス館)。
自分が小学6年生くらいのころ、命ってなんだろう、自分ってなんだろう、と頭のなかがぐるぐるしていた記憶がぼんやりとある。
そんな渦中にある小学校高学年くらいの子どもたちから、幅広い世代の大人へ。特に、絵本なんて子どものものでしょう、と思っている人にこそ、届けたい一冊。