自称・長新太さんの絵本大好き主婦の私だが、たいへん失礼ながら子育てに突入した当初は長さんのちょの字も知らなかった。
『こんなことってあるかしら』は、そんなわたしが長新太さんという絵本作家の存在をはじめて認識した作品である。
そもそもこの絵本を初めて見たのは、子が生後9か月ごろ、ひと月ほどわたしの実家に里帰りしていたときだ。わたしの母親が、古本屋で見つけたから孫のためにいくつか買った、という絵本の中に、これはあった。
大人になってから子を授かるまで、わたしの中の絵本のイメージといえば、「お話」だった。
わかりやすく言うとたとえば『ぐりとぐら』であり、もっとわかりやすく言うなら『うらしまたろう』や『ももたろう』に『シンデレラ』である。そういう、ある種まっとうにストーリー展開のあるものを、絵とともに読み聞かせる。それがなんとなく子が生まれる前に持っていた「絵本」のイメージだったと思う。
もちろんそのころには、『しりとりあいうえお』や『もこもこもこ』など、ストーリーはなく言葉のリズムを楽しむような絵本も持っていた。他にもいろいろなリズム絵本、赤ちゃん絵本というようなジャンルがあることも、親になってから知った。
絵本って思っていたより、世界が広いんだなぁ。
そんなわかったようなことを思っていたわたしに、「いや、なんもわかっちゃいねえよ」という感じで切り込んできてくれたのが長新太さんの絵本ワールド。
長さんの絵本は、私の絵本へのイメージを気持ちよく破壊してくれた。
よくいえば、もう一歩、二歩くらい深めてくれた。さらにいうと、絵本の奥深さに気づかせてくれるきっかけとなった。
この『こんなことってあるかしら?』も、まず表紙からしてかなりのインパクトである。
幼稚園児くらいかなと思われる格好の女の子が、自分の体ほどある巨大な猫をおんぶしている。猫の表情を見よ。なんであるか。
わかるようでわからない。わかりたいようでわかりたくない。こんなことってあるかしら。
とにかくこのよくわからないテンションがこの一冊を、最初から最後まで一貫して包み込んでいる。
お客さんが屋根の上に乗ってるタクシーだとか、消防自動車が火事だとか、そういうなんだかありそうでなさそうでありそうでやっぱなさそう、みたいなよくわからないお話が、数行程度の短文で1ページ、または見開きで2ページ分の絵とともにぱっ、ぱっ、と続いてゆく。
それぞれの最後に、「こんなことってあるかしら?」だ。読んでいてリズム感もとても楽しげで気持ちいいので、ちょっと一節だけ引用させていただきたい。
小さいタクシー
おきゃくさんは、
やねのうえ。
ワーイ、こわいよ、
おそろしい。
こんなことってあるかしら?
ってな感じで、続々と、「こんなことってあるかしら?」な短いシーンが散りばめられているのだ。
そしてなんだかよくわからないけれど、長さんのぱっきりした独特の色彩と、ぐにゃりとゆがんだような世界観に引きずりこまれる。
なんだろう。ダイナミックで、のびのびしていて。とても堂々としていて。こちらの文体と同じように、見ていてやっぱり気持ちがいいし、なんなら自分のほうが間違ってるんじゃないか、こんなことってあるんじゃないかしら、みたいな不思議な心持ちになってきさえする。
とにかくこの不思議な浮遊感覚みたいなものが、この1冊を貫いている気がしてならない。
ちなみに、わたしがこの絵本で一番大好きなのは、奥付にある長さんの著者紹介である。
この絵本、文も絵も長新太さんなのに、それぞれ「お話を作った人:長新太」と「絵を描いた人:長新太」に分けて、それぞれからのメッセージが書いてあるのだ。
それぞれの冒頭の数行だけ、ご紹介したい。それぞれ、下記抜粋箇所の続きにも数行、こんな口調でメッセージが続きます。全文は、ぜひ実物で読んでください。
お話を作った人 長新太さん
絵を描く人を困らせてやれと、いろいろ考えてお話をつくりました。お話というか、歌というか、よくわかりませんが、大きな声で歌うように読むといいのではないかと、わたしは思っております。現実にあるお話ではありませんから、ありもしない頭脳をしぼって、苦しんだのではないでしょうか。いい気味だ。……
絵を描いた人 長新太さん
このお話を作った人物とは、昔からよく知っています。画家を困らせようと、非現実的なお話をつくったらしいが、この程度でわたしがおどろくと思ったら、大間違いだよーだ。眼に見えないものを描くのが大好きなんだから、この程度ではおどろかない。こんどの絵を見て、お話を作った人物「マイッタ!」と、思うんじゃないかしら。……
うーん、改めて読んでもやっぱりおもしろいな。これを絵本というメディアの奥付でこっそりやっている(ルビもふらずに)ところがまた、好き。
ほんとうに、奥付でこのふたりの(?)かけあいを見たことが、わたしが長新太さんという絵本作家さんに興味をもった一番のきっかけだと思う。いや、こんな絵本作家さんほかに見たことがなかったもの。
ちなみに長さんの絵本はナンセンス絵本、というジャンルで呼ばれるらしいとその後知ったけど、個人的にはなんだかあんまりしっくりこなくて、呼ぶとしても「いわゆる」とかつけちゃう。なんかそんなジャンルとか、超越してると個人的には思っちゃう。センスの塊だ。
それ以降というもの、わたしは図書館に行くたび長さんの絵本を見つけては借り、見つけては借りして少しずつ読んでいき、別記事でも書いた『そよそよとかぜがふいている』などに出会った。
まだまだ偏愛紹介したい絵本はたっぷりあるけど、焦らずゆこう。
……母よ、古本屋で長さんの絵本を買っといてくれてありがとうね。
ためし読みしたい方はこちらから。
(絵本ナビのサイト内、本書のページにジャンプします)