書籍 絵本

書く人、描く人、創る人、みんな読むべし。『対談集 絵本のこと話そうか』長新太、五味太郎ほか/アノニマ・スタジオ

深夜にひとり、小さな読書灯をたよりに読了したわたしは、お腹の底のほうからふつふつと沸き起こる高揚感に包まれていた。

"受けとった、受けとってしまった……"。

一介の主婦が、自意識過剰もはなはだしいと承知しているけれど、暗い寝室でひとり本を手にしていると、世界でただ自分ひとりがこの本を読んだような勘違いにおそわれる。ああ、これはえらいものを見てしまった、みんなに伝えなくてはと、事件の目撃者みたいな気分になっていた。

受けとった、受けとってしまった。

真っ暗な天井を見上げながら、いま読み終えたばかりの1冊を胸に抱えて、しばらく眠れなかった。

『対談集 絵本のこと話そうか』は、1987年から1990年にかけて月刊「MOE」誌上にて掲載されたリレー対談「絵本のこと話そうか」が、1990年に一度刊行され(『素直にわがまま』/偕成社)、さらに月日を経て2018年に復刊されたもの。

どんな方々が、どんなリレー対談をされているのかというと、こんな方々です。Amazonの紹介文にも載っている目次より。

・長 新太×五味太郎
魚とか鳥なんかから愛読者カードがきたら最高だね。

・五味太郎×林明子
オッ、すごいことを言う。“世界中が絵本みたいなもの"って!

・糸井重里×高橋源一郎
わからないことのおかげで、世界の広さが見えるんだ。

・高橋源一郎×谷川俊太郎
ドラクエは絵本をダメにしませんよ。子どもっておとなだから。

・谷川俊太郎×山田馨
編集者の役割とか、絵本でやる意味が、もっと話されてもいいよね。

・山田馨×司 修
絵本をつくってる間は、自分を旅しているようなものです。

・司 修×岸田今日子
わからないところというのは、わかることがいっぱい秘められている場所なんだ。

・岸田今日子×スズキコージ
ある期間だけ尋常でなくなる、これがきっといいんだろうな。

・スズキコージ×小沢 正
つまりね、アカデルミックな人ってのが、必要なのよ。

・小沢 正×佐野洋子
絵本がなくても生命に別状はない。だから、絵本っていいのよ。

・佐野洋子×沢野ひとし
そこが全然違って、佐野さんはアーチストで、ぼくは職人的なんですよ。

・沢野ひとし×田中和雄
お金もうけよりも、気持ちもうけです。

・田中和雄×江國香織
ONとOFFの間が大事なんだよね。

・江國香織×高橋章子
素直にわがままになれるって、すばらしいことだよ。

・吉本ばなな×佐野洋子
感覚的には、いつもひとり。

・黒井健×五味太郎
一緒にいたいだけですよ。絵でそれにつきあってみたいだけです。

※ちなみに当時の雑誌、および1990年刊行の本には、五味太郎氏との対談の後に、林明子氏と宮崎駿氏、宮崎駿氏と糸井重里氏、という形で対談がつながっていたとのこと。「復刊にあたって、宮崎氏より再録の許可が得られなかったため、本書では割愛しております」と本書の目次に注釈あり。(宮崎駿さん、 いったいどんな対談をされたのだろう。読んでみたいなぁ)

手に持ったときになかなかの分厚さがあるのだが、逆にこのそうそうたる方々が語り合った内容がここにずしりと詰まっているのか!と思うと、よけいに興味が募って、こりゃ読むしかない、と思ったのだった。

絵本というメディアについての考察。絵を描くことについて。広告コピーと小説で使う筋肉の違いについて。自分を出すこと、出さないこと。反発してても50すぎると親そっくりなこと。アーティストか、職人か。情感って何か。お金もうけじゃなくて気持ちもうけ。素直にわがままになれる素晴らしさ。何十年経っても変わらないものについて。宮沢賢治は「のんき」か。記憶フィルターの細かさとは。自らの心に沿って生きるのか否か……。

以上は個人的に特に印象深かったところをざざっと荒い精度で抜粋しただけだけれど、少なくともこうした、あっちこっちと多岐に渡る話題を、ことばや絵をつくる人たちが真剣にトークしている。

読みながら、自分の琴線に触れたところに付箋を貼っていたのだけれど、あまりに響く言葉が多すぎて、読み終えたときには付箋だらけになっていた。

きっと違うひとが読めば、違う箇所が付箋でいっぱいになるんだと思う。

そしてこの本の魅力はやはり「対談」形式であるところだ。

もちろん、お一人おひとりが個人で執筆したものや、個別に実施したインタビューをまとめても、十分おもしろい内容にはなるだろう。読み物としても、読み応えのあるものになるのは言うまでもない。

ただそのおもしろさは、ある程度“規定内”みたいな範囲じゃないかなと想像する。一方で「対談」は相手の反応次第で、きっと編集部も、本人たちも予想もしていなかった方向へ、話が発展してゆく。それがいい。

個別のインタビューにも「相手」はいる。でも、インタビューの場合、相手は一方的な「聞き手」である。でも対談は、どちらもが聞き手であり、同時に話し手でもある。そして何より大きいのは、双方に、業界や役割は少し違うけれど、「子どもが読んだり見たりする言葉や絵などをつくることに携わるプロ」であるというフラットな立場があるところだ。

インタビューでは、聞き手が「ああ、そうなんですね」と無難な相槌しか打てないところ、相手にもその実感覚があると、返しはまったく変わってくる。

例えばものづくりの具体的な行程とか、絵や言葉についての考え方についても、「へえ、あなたはそうなんだ。わたしは無理だな」とか、「それは○○さんが✗✗だからだよ」とか、「僕はこうだけど君はこうなんだね」という対話になっていく。

同じ作り手という立場で語るからこそ、互いの違いが明らかになって、それに反応してまた相手の予想外の返答が重ねられていく。それがとても魅力的だ。

現代ではとかく「こうしたければこうしろ」といった、ハック的な論調を多く目にするように思うけれど。この対談を読んでいると、ひとくちに「一流のものを書いたり描いたりするひと」というくくりのなかでも、実にいろいろなタイプの人がいるんだな、ということがわかるのだ。

どれが正解、という単純な話でないこともわかるし、こうあらねばならない、という絶対もないのだな、と思える。そんな余白がある。

本書は、ものを描いたり書いたりするひと、何かをつくることに携わる人が読んだときに、特に心を動かされることが詰まっていると思うのだけれど。

ただそれだけでもなくて、なんというのだろうもっと広くて……、働き方や生き方を考えるエッセンスまでもが詰まっているような気がした。

その一部を、個人的に特に心に響いたところから、2箇所だけ引用させていただきたい。

江國:でも、それは、人に言わせると、素直にわがままになれただけなんだ、ということらしいんですけど。

高橋:素直にわがままになれるなんて、すごく素晴らしいことだよ。なかなかそんなふうになれないよ。なりたいと思っている人は、いっぱいいると思うのよ。でも、「そのためには失うものが多すぎるわ」とか思っちゃうわけじゃない。大したものじゃないわけよ。そんなものなんて。なんぼでも過去なんて捨てちゃえばいいと思うし、今日を、もっとよく生きていくほうが、ずっとエネルギーのいることだと思うし、自分を表現していくことのほうがもっとエネルギーがいることだと思う。でも、なかなかそれを、いまひとつやれないんだろうな。それをやれちゃってるあたしたちは、幸せだよ。ま、それなりに苦労は多いが(笑)。

p312-313『対談集 絵本のこと話そうか』(アノニマ・スタジオ)

 

五味:俺から見ると黒井さんのおもしろいところっていうのは、つねに自分の心にそって生きていたいと思ってるんだよね。

(中略)

黒井:僕は従うしかない。

五味:俺は自らの心にそって生きてたの。でもしんどすぎるの、実際。それやると死にそう。コントロールできないようなやつに身をまかせていくのはしんどすぎる。それは勝手に片っ方でやらせておいてさ、っていうのがどうもあるみたい。俺は距離感ってことを意識してるんだけど、距離感っていうのを未整理のまんまで、本気にやってるんだよね。

p417-418『対談集 絵本のこと話そうか』(アノニマ・スタジオ)

こんな感じで、みなさん、ご自身の深いところから発する、熱量のこもった言葉をたくさん交わされている。それが、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅうを詰まった1冊なのだ。

でも、引用させていただいて思ったけれど、一部を引用するだけだと雰囲気だけはぼんやりとは伝わるかもしれないけれど、魅力は一割も伝えられないな。

それまでにどういうやりとりがあって、こういう言葉が生まれてくるのか。ぜひ実物で、通しの対談を読んでみていただきたい。

読み終えて「受けとった、受けとってしまった……」という気持ちを抱いた理由のひとつには、ジェネレーション、みたいなものも確かにあるのだろうな、とぼんやり思う。

対談が行われたのは1987-1990年。収録されている作家さんは、もちろん現在もご活躍中の方も多いけれど、一方で肉体的にはこの世を去った方も複数いらっしゃる。

でも、彼らはこの本のなかに、確かに、Livelyに、生きていると思ったのだ。もうこれ以上、この世で新たな作品を生み出すことはできないけれど、この本のなかでその作品づくりの背景にあるもの、について語っているのだと思う。

だからいまこの世を生きるわたしたちは、それを受けとって、それぞれの立場で、何かしら、また次の世代へとバトンをつないでゆくんだな。そんな気分にさせられる本でもあった。

そんな気分で巻末の各対談者のプロフィールページをめくると、このリレー対談を1987年に企画して始めた、当時の「月刊MOE」編集長、松田素子さんの「復刊によせて」という文章に出会った。

いま思うと、なんと貴重な場であり、対談だったかと思います。

ここで語られている数々の言葉は、個人的にも、その後ずっといまに至るまで、私自身の羅針盤であり続けました。

もっと正確に言えば、言葉そのものというよりも、言葉の根っこを支えおうなものている「こころざし」と言うべきもの──それは「祈りのようなもの」であり「願いのようなもの」が、私に、「見失ってはいけないものとはなんなのか」を語り続け、チカラを与え続けてくれたのかもしれません。

p467『対談集 絵本のこと話そうか』(アノニマ・スタジオ)

そして、その後に続いてゆく文章を最後まで読み、先に感じた「バトンを受けとったような気分」は決して一人の気のせいではなかったのだな、と思った。

絵本が好きな方はもちろん、ものをつくることに携わるすべてのひとに、一度は読んでほしい1冊です。

たぶん一度読んだら、何度も読み返したくなると思うけれど。

最後に勝手ながら、この本を発掘し、復刊してくれたアノニマ・スタジオさんに敬意と感謝を。ありがとうございました。(「ごはんとくらし」をテーマに本づくりをするというコピー、めちゃくちゃツボなのだが……なんだかこれに限らず、とても素敵な出版社さんのようです)。

ではまた。今日もよい日を。

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