沸かした湯を、別の器にとぽぽぽ注いでしばらく置く。少しばかりやわらかな温度になったそれを、茶葉の上から注ぐ。ふたをする。じっと蒸らす。
湯呑に注ぐとき、心のなかでつぶやく言葉がある。
そび、ばび、そび。
子どものころ、母に「鼠尾、馬尾、鼠尾」とお茶の入れ方を教わった。始めはねずみの尾のように細く、中盤は馬の尾のように太めに注ぎ、また細くする。それが上手なお茶の注ぎ方なのよ。
改めて調べてみたら、お茶よりもお酒の上手な注ぎ方として有名な言葉らしい。細く、太く、細くという注ぎ方は、器をあふれさせるなどの粗相をしづらいのだとか。なるほどなぁ。
でも私のなかでは、子ども時代の記憶で、「上手な」は「おいしく入れる」意味でインプットされたらしい。事実はさておき、「ソビバビソビ」は私のなかで、「緑茶を美味しくいれるおまじない」として定着してしまった。
ソビバービソビ、ソビバービソビ。
心のなかでおまじないを繰り返しながら、若草色のやわらかい液体を、こぽぽぽと注いでゆく。カーテンから差し込む光が、水面をきらりと照らす。
いただきます、とつぶやいて、やわらかな飲み口に唇がふれる。やさしい緑の温もりが、私の喉に流し込まれる。
その温もりが胃袋を通ってゆくのを感じて、はぁ、とひと息。瞬間、鼻の奥で感じるお茶の甘味と苦味。落ち着く。
緑茶をいれるとどこかホッと懐かしい気持ちになるのは、味わいのせいだけではないのかもしれない。
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※この文章と写真は『At your own pace』管理人が運営するInstagram「もぐもぐエッセイ─食と暮らしと」のバックナンバーです。@mogu2bunにて、食べものや暮らしにまつわる400字or600字エッセイ等を投稿中。