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パンをこねるを日常に。

2023年1月24日

5年前の自分からは想像すらできなかったけれど、いまや気軽な習慣のようになっていることのひとつに、パンをこねる、がある。

きっかけはコロナ禍当初、初めて行ったまちの本屋さんで何気なく手にとった、吉永麻衣子さんの『はじめてでも失敗しない絶対おいしい!おうちパン教室』という本。

それまで私のなかでは、「パンづくり=時間がかかる」の方程式ができあがっていた。“パンってあれでしょ、途中で発酵させたりして、待ち時間があるんでしょ、そういうの、私無理なんだよね〜”である。

でも、この本をひらいて、「はじめに」の文章で心を鷲掴みにされてしまった。

ぜひ全体を通して読んでほしいのだけれど、一部分だけ抜粋する。

“(前略)そんななかで「パン作り」が趣味から日常に変わってきたのです。
「私が求めているものは、形がきれいなパンなの? だれにほめてほしいの? だれのために焼くの?」と考えて、必要のない部分を削ぎ落として出てきた答えは「形は無骨でもいいから安全安心な材料を自分で選んで、家でできるだけ簡単においしいパンを焼くこと」でした。
そして、それを喜んでくれるのはいちばん大切な家族であることがわかりました。”

そして「はじめに」はこう結ばれる。

“「おうちパン」がごはんを炊くくらい抵抗なく、皆さんの日常に取り入れてもらえますように。”

紹介されていたレシピを立ち読みし、なるほど!これならもしかすると私にも“日常”にできるかもしれない、と可能性を感じて、どきどきしながらこの本を買って帰ったのだった。

これなら、私にも。そう思えたのにはわけがある。

それは、紹介されていたレシピが、低温長時間発酵のレシピだったこと。つまり、「夜に生地をつくって、冷蔵庫に入れておいて(勝手にじっくり発酵してくれて)朝はそれを切って焼くだけ」というステップなのだ。

1時間とか2時間とかタイマーをかけて、段取りしながらでないとパン作りってできないよねと思っていた私には、目からウロコ、棚からぼたもち、ひょうたんからコマ、冷蔵庫からパン生地である。

さっそくすぐに試して、あまりの簡単さに感動し、しょっちゅうパンを焼くようになった。毎日ではなくて、ごはんを炊くことも多いけれど、ごはんを炊こうかな、パン生地こねようかな、と並列で考えるくらいになった。自分で自分にびっくりする。

めんどうくさがり屋で飽きっぽい性格の自分が、それから3年経ったいまでもそれを続けているのだから、そろそろ吉永さんの言葉どおり“日常に取り入れた”といってもよいのかもしれない。

朝起きたとき、むくむくと膨らんだパン生地が冷蔵庫の中で待っていると思うと、「あ、起きよう」という気持ちになる。

冬はいくらでも寝ていたいと思う怠け者だけれど、そうだ、今日はパン生地が冷蔵庫の中で待っている、焼かれるのを待っている、そしてなにより焼き立てパンが食べられると思うと、そうでない日よりちゃんと起きようという気分になれるのだ。

そして、夜にパン生地をつくるのも、これがなかなか、いいものなのである。

牛乳と水を混ぜたところに、ドライイーストかドライ天然酵母をサーと入れて、放置。その間に粉を計量して、私はそこで気分によって全粒粉とか薄力粉とかも配合したりして、塩と砂糖も入れて。

粉を優しく混ぜている間に、ようやくいい感じに溶けてきた仕込み水を混ぜ入れて、ゴムベラで切るように混ぜてゆくと、だんだんまとまりが出てくる。

最初は、ええ、これ本当にまとまるの〜?という様子なのだけれど、粉が水分を含んで、少しずつ、少しずつ、生地っぽくなってくることをもう知っている。

落ち着いて、しずかに、粉と水と向き合う。彼らとの信頼関係みたいなものが、この数年で生まれてきたようにすら思う。

ここで、(本ではバターだったけれど)私はオリーブオイルをたらりと入れる。もはや何回もつくるうちに、油や塩は計量もしなくなった。煮物をつくるときにみりんや醤油を計量しないと一緒で、目分量でも、だいたいおいしくなってくれる。まさに日常のパン。

油分を入れると、もう一歩、まとまりきらなかった生地に艶が出て、一気に仕上がった生地のような雰囲気が出てくる。グーパンチで、むに、むに、むに、むにと数分こねてゆく。もちっとした生地をこねている無心の時間が、好きだ。

たいていは2日間分を一気にこねるので、できあがりに2つにわけて、1日分ずつタッパーに入れて、冷蔵庫へ。これで2日は焼き立てパンが楽しめる。

そして朝起きると、冷蔵庫の中の生地が頭に浮かんで……と先頭へ戻る。

そういえばパンを自分でこねるようになってしばらくしてから、それまでなんとなく聞き過ごしていた残留農薬の話なども改めて興味を持つようになり、いまは九州産の小麦粉や、国産の米粉を選んで使うようになった。

輸入小麦でつくられた食パンを毎日のように買って消費していたころの自分からすると大きな変化。もちろん、外食やいただきものでは気にせずに食べるし、そこまでストイックになると楽しくないと思っているけれど、せめて自分が気をつけられる範囲では、ちゃんと体によいと思えるものを、自分にも家族にも食べてほしいな、と思う。

そしてパンを手づくりすることが日常になって、前よりもそれができているなと思うことも、喜びのひとつだと思う。

“「おうちパン」がごはんを炊くくらい抵抗なく、皆さんの日常に取り入れてもらえますように。”

吉永さん、ここにもひとり、あなたの本で“日常”が一歩、豊かになるきっかけをもらったひとがいます。という、報告のような生地でした。じゃない記事でした。

(おわり)

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