不穏なのである。
この本を両手で持って、表紙をまじまじと見たとき、どうしたって不穏な空気を感じざるをえないんである。
なにやら立ち込めている暗雲。
そのうえに浮かぶ、「ちへいせんのみえるところ」という、わかるようでどんな話なのかわからないタイトル。こちらは見通しがきかずなんとなく不安なのに、本人は落ち着き払っている。黒字の明朝体にそんな意志を感じてしまう。
たぶん、「絵本」と思って対峙するからよけいに混乱するのかもしれない。
なんだろう。いっそ「映画」とか言われたら、こういった雰囲気に違和感はないのかもしれない。少し物悲しい、でもハートフルな、じんわりとした感動を抱くような作品を勝手に想像するかもしれない。
でもこれは「絵本」なんである。
大人向けの絵本というものもあるのは知っているが、やっぱり絵本は子どものもの、というイメージはどうしても強い。タイトルだって、全部ひらがなで書かれている。だから余計に混乱してしまうのであります。
絵本の空ってほら、たいていすこんと青空じゃないのですか。なんなのだこれは。
そうしてよくわからないまま、ページをめくっていく。
表紙をめくって2ページ目、見開きモノクロで、タイトルと作者名、そして一本の線だけがしずかに書かれているページ。ここの静けさもまた、ただならぬ気配がして不穏なんである。
さらにめくると、絵が描かれてゆく。
でました。
という、極限までそぎおとされた言葉とともに。
もうここからは、実際にこの絵本をひらいて、自分で読むしかない。
何を言っても蛇足になってしまう気がする。
図書館で借りてでもいいから、とにかく一度はこの絵本を読んでください。
わたしがこの『ちへいせんのみえるところ』を知ったのは、荒井良二さんが『こどもたちはまっている』という絵本を発売するタイミングだった。
発売前の告知で、twitterかどこかで、どなたかが「『こどもたちはまっている』は、荒井良二が長新太の『ちへいせんのみえるところ』のオマージュとして…」とつぶやいているのを見て、そのままセットでぽちりと予約&購入ボタンを押した。そんなのどちらも気にならないわけがない。
実際に『こどもたちはまっている』のあとがきとして、荒井さんはこんなことを書いている。
ぼくが大学生の時に、長新太「ちへいせんのみえるところ」を手に取ることがなかったら、絵本を作っていなかったと思う。(後略)
なんということだろう。
つまりそういう力を持った絵本なのだ、『ちへいせんのみえるところ』は。
残念なことに、平凡な読者であるわたしは、いちばん初めにこの絵本を読んだとき、自分が期待していたような衝撃を受けられなかった。
自分のなかで『そよそよとかぜがふいている(長新太)』のような、ある意味ではわかりやすさもあるようなおかしみを、勝手に期待してしまっていたのかもしれないと、いまなら思う。
初読の印象は、「いや、たぶんなんかすごいんだけど、たしかにすごいんだと思うけど、だめだ、わたしにはわからない……」みたいな感じだった。たぶん。
それから1年くらい経つ。
するとこれがおかしなことに、どうしてもときたま無性にひらきたくなるのである。この絵本は。
わからなくて、わかりたくて、わかりたくなくて。
きっと答えなんてないだろうし、長さんはきっとそんなこと考えてないでしょう?……なんて勝手に思いながら、ひとりもんもんとしながら、でもやっぱり、ともう一度見てしまう。何かをそこから読み解こうとしてしまう。
きっと長さんはそんなこと、求めてないんだろうけれど。
このすばらしく意味不明な絵本(褒め言葉であります)を、実際のところ子どもはどう受けとめるのか。
4歳の子と読めば、子どもは、それはそれとして楽しむのである。
変化があるといえば大いにあり、変化がないといえば全然ない。
そんな絵がたんたんと(?)続く、この絵本を。
でました。
少なくとも印字された文字としては、これだけしか言わない、この絵本を。
むしろ一度いっしょに読んだあとは、嬉々として自分で、「でました!」と笑いながら、ページをめくるんである。
この絵本の本当の価値みたいなものは、たぶんわたしにはわからない。
「本当の価値?そんなものは最初からないのでありますよ」なんて、長さんなら言うのかなあ。
ただ、一度読めばどこかひっかかって気になって、自分との問答みたいな感じで、これからも手にとってしまうと思う。
同じように見えて実は全部違う、背景のタッチを見ながら。それを描いているときの長さんを勝手に妄想しながら。きっと、何度でも。
▼ 荒井良二さんの『こどもたちはまっている』の絵本紹介はこちら。
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絵と色彩の力が日々のストレスもふっとばしてくれるよ。【偏愛絵本紹介】『こどもたちはまっている』(荒井良二/亜紀書房)
たとえば仕事でちょっとしたストレスを抱えたとき、逃げ込める絵本と逃げ込めない絵本というのがある。 わたしにとって逃げ込める絵本というのは、ひらくと、瞬時にその世界へ連れていってくれるもの。視覚的にも色 ...
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