エッセイ

朝食バイキング会場にて2

ビジネスホテルの朝食会場はおもしろいと一度言語化してしまったら、そんな機会にめぐまれるたび、なにかしら書き残さずにはいられないような気持ちが生まれてしまった。

ことばというのは便利で、おもしろくて、ときにやっかいで、不自由だ。

今回は、東京出張で泊まったビジネスホテルのひとこまから。

平日の7:30すぎ、1階に降りて朝食スペースへ向かうと、すでにたくさんの人たちが朝食をとっていた。

足を踏み入れてまず感じたのは、純粋な人の多さと、スーツ率の高さ。

朝食会場が1階ということもあり、すでに部屋から外出用のカバンを持って降りてきていて、ごはんをすませたその足で玄関から出ていく人の姿も多い。取引先の近くまで移動してから、喫茶店でコーヒーでも飲みつつ、プレゼン資料のチェックでもするんだろうか。

びしっとしたスーツ姿で颯爽と出ていく後ろ姿に、瞬時にそんな光景を想像してしまうくらいには、「ビジネスマンの朝食会場です」ムードがすごい。

わたしはといえば、カジュアルなゆるめワンピースにパンツを合わせ、シャカシャカした上着を着込んで、足元はスニーカー。どこからどうみてもお散歩スタイルである。いや、本当はこれからとある会社に行くのだけれど、服装自由の会社なので、みんなこんな感じなのだ。

いや、あの、わたしもですね、一応お仕事関連で来ているんですよ、ええそうなんですよ。

だれに求められるわけでもなく心のなかで言い訳をしてみるけれど、そもそもそんなことは誰も気にとめていない。ただわたしひとりが、圧倒的スーツ集団の前でどことなく居心地のわるさを感じているだけである。

そんな思いを胸の内に転がして、ようやく思う。

そうか、ここは東京だ。圧倒的都会なのだ。

以前、佐賀のビジネスホテルで川を眺めながらのんびり朝食を食んでいたときとは違う。ここは大都会、TOKYO。ディス・イズ・ザ・NIPPONの首都。やっぱりTOKYOはちげーや。

うっかり脳内がグローバルになりかけつつ、ほんのひと呼吸遅れて、待てよ、と思う。

よく考えたら東京に"出張"に来るということは、東京のビジネスホテルに泊まるということは、その人は“東京に住んでいない”ってことじゃないか?

いや、厳密にいえば東京だって広いから、もしかすると深夜に帰りそびれた東京郊外の人もいるかもしれない。でもさすがに少数派だろう。その他大多数はわたしのように、日本の各地方や、もしくは別の国から、東京出張に来ているはずだ。

そうじゃん。みんな地方をしょってるんじゃん。

外国の人もいるけれど、言ってみればつまり、みんなお国をしょってるんじゃん。

私と同じく九州の人もいるだろうし、四国とか北海道とか、全国のいろいろな地域や、はたまた外国から、はるばる東京へやってきているに違いない。

なあんだ。そうじゃん。みんなアウェイじゃん。

その事実に思いいたると、さっきまであんなに自分ひとりがアウェイだと感じていたビジネスマンたちが、とたんに同志のように見え、心強くなってきた。

そんなことを考えながら、表面上はおとなしくもぐもぐと混ぜごはんを食べていると、向かい側に座っていたワイシャツ姿の男性が食事を終え、トレーを片付けはじめた。

彼もまた、部屋からビジネスバッグをすでに持ってきていて、朝食を終えたらその足で、すぐに玄関から出発するようだ。

トレーを片付け終えた彼は、椅子にかけていたスーツのジャケットをとり、羽織る。

ぶぁさっ。

そしてそのままカバンを手にとると、忘れ物がないかテーブルのまわりを確認し、よし、と顔をあげて玄関の自動ドアへ向かう。

ホテルのフロントから、スタッフの方々の「いってらっしゃいませ」の声。

ウィーン、とドアが開く。

颯爽と出ていくその人。

その仕草を見届けて、なんだか不思議な気分になった。

なんだかこの光景、見たことあるな。えーと、なんだっけ……。

そして、ああ、と思い当たった。

そうかこれは、「出社するお父さん」だ。

するとその瞬間、朝食バイキング会場にいるスーツに身を固めたちょっと怖そうなビジネスマンが、全員「出社前のお父さん」に見えてきた。

だって、見える。

眉間にしわをよせてスマホをにらんでいるあの人も、黙々と味噌汁をすすっているワイシャツ姿のあの人も、きっと帰る家がある。

境遇はみなさまざまだろうけれど、お子さんや、高齢のご家族と暮らしたりしている人もいるだろうし、パートナーや仲間たちと暮らしている人もいるだろう。

それでもいま、東京滞在中はひとり、ここにいるんだな。日本全国、世界各国のいろんな地域から、このビジネスホテルにひとりでやってきているんだな。あ、なんかちょっと泣きそう。

自分をふくめた共通の境遇に気づくと、最初に感じていたはずの「圧倒的都会感」は、いつのまにか「圧倒的ホーム感」に変わっていった。

母:あ、お父さんごはんもういいの。

父:うん、ごちそうさま。ちょっと急ぐから、そろそろ出るわ。

娘:ちょっとパパ、洗面所にヒゲ落ちすぎなんだけど!(洗面所から声)

父:あーごめんごめん! いってきます!(ガチャッ)

娘:も〜!ありえない〜。

母:はいはい、いってらっしゃーい。

いつのまにかそんな架空の会話すら脳内で再生され始める。

東京のビジネスホテルの朝食会場の一角で、遠い目をしながらぼうっと混ぜごはんを咀嚼しているカジュアル服のおばちゃんを見かけたなら、きっとそれはわたしである。

(おわり)

朝食バイキング会場にて

ビジネスホテルの朝食バイキング会場にはいろんなドラマがある、と思って生きている。 もちろんドラマはいつでもどこでも転がっているのだが、なんだろう、朝食という、出勤前やお出かけ前の、普段はプライベートな ...

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