絵本

予期せぬ結末に考えさせられた1冊【絵本紹介】『せかいいち うつくしい ぼくの村』(小林豊/ポプラ社)

絵本はメディアとしていろいろな役割があって、世界が抱えている社会問題について子どもたちに伝える、というのもひとつの側面だとは思っている。

ただ、わたしはふだん、むしろ現実世界とはなるべく離れた自由な発想の絵本を選びたがるほうだ。それはまずわたし個人にとって、絵本は「読んで楽しい!」ものであってほしいから。

そして子どもにとっても、特に小さいうちはまず「絵本は楽しいもの」と思ってほしいから、というのもある。だから、先にあげたようなタイプの絵本はなかなか、自分では選ばない。

でもときどき、図書館で娘が絵を見て「これ!」と持ってくるものの中には、もちろん自分で選ばない傾向の絵本も多々、ある。

わたしも、自分が選ぶものに偏りがあることもわかっているので、なるべくそういった娘の「これ!」には応じるようにしている。

この『せかいいち うつくしい ぼくの村』もそんなふうに、4歳になりたての娘が図書館で「これ、かりる」と言って持ってきた1冊。

2、3歳のころは表紙だけで「かりる!」ということも多かった娘だけど、最近は図書館でもぺらぺらと中の絵をみたりして、借りるかどうか決めているようだ。

この絵本も、机においてぱらぱらとめくり、絵をみて、「きれいだねー」「おもしろそう」などと言っていた(ちなみに、まだ文字は読めない)。

わたしも『せかいいち うつくしい ぼくの村』というタイトルと、中をぱらぱらっ、とめくったときの印象で、「外国の暮らしとか日常を描いた絵本かな?」と思う。

「いいんじゃない? 借りよう借りよう」と二つ返事で借りたのだった。

そんな軽い気持ちで借りて、「異国の暮らしぶりにも触れてくれたらいいなぁ〜」くらいの気持ちで読み聞かせしはじめたこの絵本。

何の覚悟もなく読み始めたので、最初の1回は読み終えたあとにとてもショックを受けてしまった。

この絵本は、パグマン村という村に、スモモや桜の花が咲き乱れる美しい景色からはじまる。

そして村に暮らす人々の日常や、ヤモという少年が父親といっしょにまちへ出稼ぎにいくときのようすが、いきいきと描かれてゆく。

まちでは大勢の人がひしめいていて、活気があるようすがむんむんと伝わってくる。バザールには色とりどりのお店が並び、たくさんの人が思い思いに時間を過ごしている。

そんな色とりどりの絵が続くお話を、わたしも旅先を思い出して楽しく見ていた。

明るく活気のあるお話の中でところどころ、「ヤモの兄さんは戦争にいっている」とか、市場のお客さんに「戦争で足をなくしてしまってね」という人がいる、などの要素は出てくる。だからわたしも「ああ、戦争中の暮らしをあつかっている絵本なんだな」とは思いながら読んでいた。

でもストーリーはあくまで穏やかで、ヤモやお父さんも笑顔ばかり。

まちでいきいきと商売をしている人々の活気と、村のまわりの美しい自然と景色。この絵本の99%くらいは、そういう描写からできていると思う。

絵がある最後のページぎりぎりまで、そういう穏やかな、いつもの日常だ。

ちなみに絵が描かれている最後のページは、「戦争にいっている兄さんも来年の春には帰る予定」という前提があった上で、笑顔のヤモ少年がこひつじとたわむれているシーン。

「ハルーンにいさん、はやく かえっておいでよ。うちの かぞくが ふえたんだよ」
はるは まだまだ 1ねんちかくも さきです。

でもそのすぐ次のページ、つまり最後の一文は、こうなっている。

絵もなく、この文章だけがぽつんと、中央に配置された形で。

この としの ふゆ
村は せんそうで はかいされ、
いまは もう ありません。

娘に読み聞かせしたのがわたしにとっても初読だったので、それまで穏やかにお話を読み聞かせてきた先に、最後の一文を目にしたとき、正直にいうとかなりショックを受けてしまった。

まだ文字を読めない娘に「これは?」と指さされて、そのまま読んだ。今の娘にはまだ、「せんそう」「はかい」は意味がよくわからなかったと思う。でも「いまはもうありません」はわかるはず。

読んだときの反応としては、理解しきれなかったからか表面上は無反応、という感じ。

そのまま次のページをめくって、「これは?」と聞かれた。そこには作者である小林さんのあとがきがあって、小学生くらいなら理解できる感じで、この絵本に込めた思いが書かれていた。4歳の娘に「ちょっとむずかしいお話だけど、聞く?」というと、「ううん」と首を振る。

普段ならわりと「いーの!(難しくてもいいから読んで)」と言うほうなので、わりとめずらしい。

そしてまた、気に入った絵本なら、読み終えたあとに自分でまたぱらぱらめくったりすることが多いのだけど、この絵本はそのままパタンと閉じて、次の絵本を選びはじめた。なんとなく、楽しくハッピーな終わり方じゃないことは、感じとっていたように思う。

当初は絵を気に入って「きれいだねー」と嬉しそうにめくっていただけに、なんだかもやもや。

そんな子の反応も含めて、引きずっているのは親であるわたしのほうで。

予期せぬ結末と、こういった話題をどう子に伝えていったらいいんだろう、というところをぐるぐるしてしまい、しばらくぼんやりとしていた。

あとがきやプロフィールによると、作者の小林さんは1970年代始めから80年代初めにかけて中東・アジアを度々訪れていて、その折の体験が作品制作の大きなテーマとなっているそうだ。

この絵本のパグマン村も、小林さんがアフガニスタンを旅したときに訪れた小さな村がモデルなのだとか。そこで明るく力強く生きる人々と出会い、子どもや大人と友だちになった小林さん。でもその後、その村は爆撃をうけ、破壊されてしまったという。

この絵本が、穏やかでいきいきとした人々の生活を描くことに大半を費やしているのはなぜかも、どこか理解できたような気がした。そしてそれがある日突然、Endボタンを押すように一瞬でなくなってしまう残酷さも。何より、それが戦争の現実なのだということも。

いまはまだ、「戦争」について娘の理解が追いつかないからと、くわしい説明を先延ばしにしてしまったなと小さな反省をしつつ。でも小学生になったら、そういう話もしっかりとしていきたいな。そのときにはこの絵本を、もう一度読み返したいと思います。

 

せかいいちうつくしいぼくの村

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