1/17(土) 文学フリマ京都・前日
朝、いつものように日常の家事から始まる1日。
冷凍のさつまいもご飯と、前日の煮物をリメイクしたもの。
子と話しながら朝ごはんを食べたり食器を洗ったりしていると、「私今日ほんとに京都へ行くのだっけ」という気分になる。
家の引力というものはすさまじい。日常のものに囲まれていると、どうしてもこのモードから抜け出せない。だから家を出る。
キャリーケースをごろごろ引いて最寄り駅まで15分ほど歩き、来た電車に乗る。電車の中でDuolingoをいつものように5か国語、1レッスンずつ。私の語学は勉強じゃなくて趣味。いろいろかじって楽しんでいる。音が好き。いまのところ身になってはいない。でもたぶん世界がちょっと豊かになった。
博多で降り、新幹線のチケットを買う。
少しだけ迷ったけれど、自由席を選択。
新幹線の自由席は指定席より値段が安いから、一般的に「指定席のほうがいいもの」と思われがちな気がするけれど、一人旅の場合は、自由席のほうがよい点も大いにある。
指定席は確実に自分の席が確保されている安心感があるけれど、一方で、ちょっと苦手なタイプの人が隣人だった場合でも、そこに座っていなければいけない不自由さがある。
その点、自由席は文字通り自由だ。満席の場合は座れないかわりに、座る席は自分で決めることができる。ストレートにいえば、自分にとって安全そうな人の隣に座れる。
昔は自分にもその認識がなかったので、「予算の都合から仕方なく自由席を選ぶ」ようなことを口にしたことがある。そのとき、ある知人が「自由席は、選ぶ自由があるってことだから」と言っていて格好良かった。
以来、わたしの中で自由席のイメージは変わった。そうか、自由席は主体的な選択ができるチケットだったのかと。世界はほんとうに、考え方ひとつだなと思う。
そう考えるといまさらながら、新幹線のチケットの分類が「席指定あり」「席指定なし」ではなく、「指定席」と「自由席」の二種であることをすばらしいと思う。飛行機で「席指定なし」にすると勝手に席が割り振られるけれど、それとは意味が違うものなあ。
次の新幹線の時間をチェックし、おみやげコーナーへ。文学フリマのブースで、私のZINEを買ってくれた方に小さなおみやげを渡したいなと思って、探す。
サクマとハローキティがコラボした、いちごみるく飴の福岡限定バージョンを見つけた。
材料のうち、いちご果汁の部分が、福岡名産のあまおう100%なのだそう。いちごみるく飴自体はどこでも売っているからおみやげのニュアンスがちょっとわかりにくいけど、数がたくさん入っているし、冬の会場はきっと乾燥するし、重たくないし、飴はちょうどいいかも、と思って買う。
新幹線に乗ると、博多で乗り込んだ時点ではほぼ満席だった。3人がけのうち、カップルが2人で座っているところがあったので、「ここ、いいですか?」と声をかけて座る。
座った後でおふたりの韓国語の会話が聞こえてきて、あ、韓国の方だったのか、と思う。頭のなかで、「ここ座っていいですか?」って韓国語で言えたのにな、みたいな気持ちを転がすけれど、まあ転がすだけだった。
結局声をかけることもなく、2人は次の小倉で降りていった。私もそのタイミングで2人がけの席が空いたのを見つけて、移動。
小倉までのひと駅で降りていった人が大勢いて、その後は座席にかなりゆとりがあった。その後は隣が空いたまま、京都まで。ああ、自由席にしてよかった!
車窓を眺めながら、博多で買ったお弁当をゆっくりと食べた。

京都着。何年ぶりかぱっと思い出せないくらいひさしぶり。もしかしたら学生時代ぶりかもしれない。都会だなあと思う。
大きな荷物を置いて身軽になりたくて、とりあえずゲストハウスへ。Google mapでルートを調べる。
Google mapのGPSが狂っていて、バス乗り場まで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながらさまよう。
なんとかバス乗り場にたどりつき、近くに立っていた案内のおじさんに、ICカード使えますかと声をかける。おじさんは声をかけられるとは思っていなかったのか、心なしか嬉しそう。ICカードの種類も確認してくれ、「降りる時だけ、タッチしてくださいね!」とちゃきちゃき教えてくれた。活気のあるおじさん。
バスが来たとき、乗る人と乗らない人がいたので私は間違いないだろうかと不安があり、再びおじさんに「ここ行きますか?」と画面を示して尋ねると、「はい、いきまーす!」と元気よく。
ここで働いているおじさんの日常を思う。日々たくさんの旅行者と接する、おじさんの日常を。こういう方々が、外国からの旅行者の「日本」とか「京都」とかのイメージをつくってゆくにちがいない。ありがとう、おじさん。
宿は水回りが共同のゲストハウス。今回は旅程的に2泊したかったので、予算を考えてドミトリータイプにした。
若い頃は外国でたくさんお世話になっていたけれど、最近はビジネスホテルを選ぶことが多かったので、とてもひさびさ。しかし、日本のゲストハウスはとてもきれいだ。すごい。
特にプランはなかったけれど、せっかくまだ15時すぎくらいなので、徒歩圏で散歩しようと外に出る。
Google mapを見て、美術館がありそうな方向へぶらぶらと。

京セラ美術館につき、建物内外を少し見学。
展示も見ようかと思ったが、歩いてすぐの京都国立近代美術館でやっている展示内容のほうが興味を惹かれたので、移動してそちらのチケットを買う。
「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」の展示を見る。
特に、在日韓国人の方と結婚した日本人の方の作品と思われるものが印象的だった。ほかにも、かなり多方向のエネルギーが渦巻いているような会場で、言ってみれば「わかりにくい」と感じたのだけれど、その混沌とした感じが混沌としたまま、身体に残った。
外に出ると暗くなっていた。蔦屋書店をふらっと見学。
宿への帰り道、どこかで夕食を食べたいなと思って、通りがけにあったカレー屋さんに入る。
ほぼ同じタイミングで入った学生らしき人は、慣れた様子でカウンター席に着き、チキンカツカレーに、トッピングでこれとこれと…と注文していた。
それを見て、ふむ、ここはチキンカツカレーがお得で美味しい定番なのかもしれないな……とは思いつつ、今日の胃袋はチキンカツを消化しきれない気がして、でもちょっとだけはボリュームもほしくて、野菜ごろごろと揚げナスのカレーを注文。
カレーは美味しかったけれど、タンパク質をとりたかったのにカレー自体には肉が入ってなくて、ああ、そうだったのか、やってしまった、と思う。よくよくメニューを見直せば、どうやら基本のルーが共通であって、そこにチキンカツや野菜などなど、好きなものをトッピングしてお好みに仕上げる、というスタイルだったようだ。
チキンカツや唐揚げは確かにトッピングにある。きっと単品で追加注文も可能だろう。うーむ、でも中年女性としては、揚げ物ではない肉が食べたいのだけれど…。とメニューを見つめながら、大人しく野菜ごろごろカレーを食べる。
常連さんのように、何かしら肉と野菜を少しトッピングする形が今日の気分にはよかったのかもしれないなあ、なんて思いながら、頼まなかったカレーのトッピングの組み合わせを頭の中で組み立てては消し、また組み立てながら。
宿へ帰ると、週末ということもありラウンジは若者たちでにぎやかだった。私はひっそりと部屋へ。
夜。混む前にシャワーを済ませてしまおうと準備をしていたら、一時期は全然そんなことなかったのに最近はやたらと母ブームの子から「ママがいないと眠れないよ。眠るとき電話しようね」みたいなメッセージが夫づてに送られて来る。個室じゃないので長くは難しいけど、廊下で数分なら話せるよ、と伝えたが、ご不満の様子。
夫から、子がポケモンの歯みがきアプリでめちゃくちゃ頑張って歯を磨いている動画が送られてくる。しゃこしゃこしゃこしゃこ、しゃこしゃこしゃこしゃこ。
日常生活での歯みがきの仕上げ手伝いはただめんどうだなあと思うのに、離れた土地で見る子の歯みがきはものすごく癒やし。
シャワーを済ませた後、共同洗面所のあたりで数分だけ、子とビデオ通話する。明日の朝、外で長く話そうと言って、なんとかおやすみをした。
久々のドミトリーは、なんだか落ち着かない。かつてバックパックを背負って旅をしていたころとは、自分が体力的にも、性格的にもいろいろと変化したのだなということを、まあそりゃそうだよなあという気持ちとともに改めて思う。
貴重品用のロッカーはあったけれど、一度部屋をでなければいけない設計だったので、めんどうですべてをベッドに積んで寝た。
1/18(日)文学フリマ京都・当日
文学フリマ京都、当日。
朝起きるとからだがこわばっているのを感じて、やっぱり年とともに、自分のなかでは湯船につかることの重要性が増してきているなあ、と知る。
次の旅は、ゲストハウスで2泊よりも、大浴場浮きおビジネスホテルで1泊を選んでしまうかもしれない。これまでの自分なら前者を選んできたし、そんな自分が嫌いじゃないぜなんて思っていたけれど、40代に入った自分の正直な声を聞くと、いまの幸せは後者かもしれない。
……いや強がるのはやめよう。圧倒的に後者だわ。湯船、必須だわ。疲れとれんもん。認めよう認めよう。
身支度を整え、忘れものチェックをして、文学フリマの会場、みやこめっせへ向かう。
途中で、朝食と昼食用のパンを買うため、「カッシーニ」さんへ立ち寄る。宿から会場へ向かう途中の路地裏に、Google mapでたいへん口コミのよいパン屋さんがあるのを前の晩に見つけて、ここに行ってみようと決めていた。
目当ての路地へ入ると、地元の同世代らしき女性たちが数人出入りしているのが見えた。自転車の人もいる。ああ間違いない、という予感。
お父さんがひとりでやっているようだったけれど、棚にはたくさんの種類の本格的なパンがずらり。見るからに美味しそうなものばかりで、値段もお手頃。人気店なのが頷ける。昼食用にサンドイッチと、朝食用にウインナーのはさんであるハードパンを購入。嬉しい気分で会場へと徒歩で向かう。
道すがら、普通の大通りに、戦国時代の武将の鎧みたいなものを売っているお店がちらほら見えて、土地柄を感じるなど。

文学フリマの会場は、前日に行った美術館の近くだった。だいたい道がわかっているので、途中から、昨夜は我慢させてしまった子に電話してみることに。
道を歩きつつ、子とビデオ通話。
ほどなくして大きな公園に着いたので、ベンチに腰かけて、さっき買ったウインナーのハードパンを食べる。リモートで、家族と一緒に朝食。
ハード系のパンはもともと大好きなのだけど、このパンの生地は特に噛み応えがあってとてもおいしかった。近くにあったら通ってしまう。
子に、「そのパン食べたいから明日買ってきてね」と言われる。明日は確か定休日だったような。
電話を切って、日課のDuolingoをする。
早めに会場へ移動。
文学フリマの入場待機列はこちらです、の案内のままに、列に並ぶ。
しばらく待っていると、予定より15分ほど早く、出店者の入場が開始された。
手元には出店者入場証をちゃんと準備してあったので、それを受付の方に渡し、前の人に続いてさっそうと入場しようとした瞬間、スタッフの方に「すみません……!」と呼び止められた。えっ、なんですか。また何かやらかしたのでしょうか。
なんとびっくり、私、会場の階数を間違えていた。
今回の文学フリマ京都は1階と3階の会場に分かれているのだが、私のブースは3階なのにもかかわらず、入口を入って最初に見えた列に、なんの疑問も持たずに並んでしまっていたのであった。ああ、やっぱり。うまく行き過ぎだと思った。こんな自分には慣れている。
あわてて3階へ。
いかにも、「いまちょうど会場に着きました」という顔をして中へ入る。ごめんなさい、本当は一階で並んでました。
今回初めて事前に商品を発送していたが、無事に到着していてホッとする。
粛々と会場設営。
これまでの文学フリマと少しブースのあり方を変えてみたのだけれど、どうなるかしら。万人にとっての正解というのはおそらくないので、実験しながらアップデートしてゆくしかない。
一般入場開始直前、買っておいたサンドイッチをもぐもぐと詰め込んで、いざ、開幕。
今回はXでお品書きすら流していなかったので、しばらくは暇だろうなあ、と遠くのブースを見てキョロキョロしていて、振り返ったらなんと、最初のお客さんがいらっしゃっていた。
初めましての方だったけれど、事前にWebカタログで見て、文体を気に入って来てくださったという。さっと一冊お買い上げくださり、一気に嬉しい気持ちが湧き上がる。おしゃれで素敵な方だった。
告知も不十分だし、知り合いが来る予定もなかったので、福岡から来て1冊も売れずに帰るのは寂しいだろうなあ、という想像もしていたので、最初から決めて買いに来てくださった方がいらして、その方とお話できただけで、ああ、福岡から京都へ来てよかった…!という思いに包まれた。感謝。
その後も、ぽつりぽつりとではあるけれど、たくさんのよき出会いがあった。
試し読みコーナーで読んで、気に入って買いに来ました、という方。通りすがりにパラパラ、とサンプルを読んで、ぱぱっ、とまとめ買いをしてくださった方も。
今回はこれまでと違って新刊を出さなかったこともあり、既刊を並列扱いで並べたので、いままでの文学フリマと売れ方も違い、なかなか興味深かった。
ひとつ意外だったのは、歌集『百年後くらいに詠み人知らずって見つけられたい私のZINE』を買ってくださったおふたりが、どちらも私の母世代に近かったこと。ご自身の娘さんがまさに子育てをしていて…というエピソードも聞かせてくださる方もいて、そういう方の元に届くことはとても喜びだなあと思った。
見本誌コーナーで読んで、子どものことや暮らしのことを詠んでいることが気に入ってブースへお買い求めに来てくださったらしい。帯のようにPOPをつけていて、「主婦の中にも詩情は眠っているよ」みたいなことを書いたことも、手にとってくれるきっかけになったのだろうか。
もうひとつ特に印象に残ったのは、今日はほぼ女性のお客さんだな〜と思っていたなか、立ち寄ってくれた男性の方が『それでも日々はまわる』をちょっと立ち読みして、「この、最初のカレーの話めっちゃわかる……!」と、それをお買い上げくださったこと。
この話に共感してくれる人、絶対いい友達になれると思うので友達になってください、と言いたかったけどちゃんとこらえた。
私の話はどちらかというと女性からの共感をいただくことが多く、それはそれでめちゃくちゃ嬉しいのだけれど、たまにこうやって男性にもヒットするものがあるとわかったときも、性別を超えられた!と思って小躍りするくらいに嬉しい。
もうひとつ、特筆すべきことは、おそらく5年以上前に、noteつながりで一度だけ会って、X上でゆるくつながっていた方が、会いに来てくださったこと。
聞けば、お互いにその後はそのアカウントから遠ざかっていた数年間があった。そんななか、彼女は私が文学フリマ京都に出るよとぽつりつぶやいたのを、久々に開いたそのXアカウントで偶然目にして、来ることを決めてくれたらしい。私もめったにつぶやかなくなったというのに。タイミングの妙。
こまめにやりとりをしていたわけではないけれど、のめり込んでいたあの時期、いろいろ話した旧友に再会できるというのは本当に嬉しいもの。予期していなかったから、なおさらに。アウェイだと感じていた京都に、あたたかな色味がさした。
ほかにも、以前noteをきっかけにつながりのあった別の方が出店していることも知り、彼女のブースに買いに行く。前に会ったのは、2年くらい前の文学フリマ東京に出店したとき。お客さんとして娘さん連れで来られていた彼女に声をかけた。娘さんと、◯✗ゲームをした記憶がある。そして今度は出店者同士として京都で会うという不思議なご縁。
細く長く、しぶとく書き続けていることで、こうやって年や場所を超えてふと再会できる人のあることが嬉しい。きっとまた、どこかで。
今回の売れ行きの傾向は、『へにょへにょの日傘を差して』が一番多く旅立っていった。試し読みで気に入ってくださった方もいたし、手書き文字とイラストの表紙に惹かれて手にとってくれて、そのまま買ってくださった方もいた。次回作も表紙には手書き文字を使ってみようかしら……。
今回実験的に変えて設営したブースは、後で写真を見てみたらPOP類の文字が小さくて、我ながら見にくいなと感じた。世界観も伝わりづらい。次の出店ではPOPを大きな字で準備したい。毎回反省はあるけれど、その分前進してると思うのでそれでいい。
17時、文学フリマ京都終了。
一度ゲストハウスに帰って荷物を置き、またGoogle mapでご飯どころを探す。口コミに惹かれて「京のつくね家」さんへ。
口コミに親子丼が最高に美味しい、とあったので、すっかり親子丼の口と胃袋になっている。
迷ったあげく、ミニ親子丼と鴨南蛮そばのセットにする。
同じくらいに入店していた常連らしき若者は、親子丼とつくね串の単品を注文していた。そうか!と思う。
店名に入っているからつくねに興味はあったけれど、揚げつくねの定食は自分には重たいと思ってスルーしてしまった。でも、親子丼と単品のつくね串を注文すればよかったのか。つくづく、通い慣れている人の注文というのは強い。
とはいえ、運ばれてきた親子丼も鴨南蛮そばも、美味しかった。
ただ、ほかほかと湯気をたてながら登場した親子丼と鴨南蛮そばを目にして、どうしよう、と逡巡した。

いったいこれは、どちらから食せばいいのだろう。
かたや、温かいお出しに浸っているそば。そりゃあ早く食べるに限る。しかしもう一方も、絶妙な半熟具合で仕上げられた親子丼。これだって、「いま」が一番美味しいに決まってる。
2秒ほど2つの器を交互に見つめ、そう考えているうちに過ぎていく秒数が惜しいので、とりあえずそばをすする。そばを2,3口食べて、親子丼をはふはふとかき込む。そしてまた、間髪入れずにそばをずずずっと食べる。再び、親子丼へ。
結局行き来しながら、どちらも温かいうちに私の胃袋へ吸い込まれていった。満足。舌はやけどしたけども。
食事が終わるころ、また子から夫経由でメッセージがくる。夜も話したいとのこと。
宿へ戻ると周囲が気になって落ち着いて話せないので、宿への帰り道、ゆっくり遠回りをしながら、歩いてビデオ通話をする。今日はダイソーで木材を買って、パズルのようなゲームをつくったという。楽しいね。
宿について、そのまま宿の前でも少し話して、ばいばい。
1/19(月)文学フリマ京都・翌日
気分が解放されて、夜遅くまでつい韓国ドラマを見てしまい、朝は遅め。
荷物をまとめて、ベッドのシーツと枕カバーをとって専用のかごに入れる。この感覚、なつかしい。チェックアウトしてスーツケースだけ預かってもらい、徒歩圏を散歩しようと宿を出る。
Google mapを眺めていて、京都御所が近いなーと思っていたので、なんとなくそちらの方面へ。途中、朝ごはんをどうしようかしらと思ったが、もう9時を過ぎているし、早めの昼ご飯まで食べないでいいかなと思い、カフェラテを求めて近くのカフェへ。
素敵な佇まいのカフェ。若い女性の方がひとりでお店に立たれていて、応対してくれる。
話の流れで、「イベントがあって、その出店で来て、ついでに観光もしていこうと思って」というようなことを話すと「そういう形が一番いいですよね。仕事もして、旅もっていう」と返してくれる。なんだか、この感じが心地よかった。
きっと私だったら、ライターの職業病もあって、「そうなんですね、どういったイベントで来られたんですか…?」なんて、もちろん相手の様子を伺いながらだけど、きっと聞いちゃう気がする。
そして私、たぶん聞かれてもうれしかったと思う。でも、聞かれなくても、話を終わらせるんじゃなく、他の形で広げてくれたことが、なんだか心地良いなあと感じたのだった。
ふみこまないけど、心地よく会話をつづけてくれる。素敵なこと。
壁にニュースレターのようなものが貼ってあった。デザインも素敵だったし、そういう活字はつい読んでしまう。「オーナーも書いていて。2号目なんですよ」と教えてくれる。一部もらう。「新幹線の楽しみに」と言葉を添えてくれる。このカフェのことを思い出しながら読める印刷物をいただけたことが嬉しい。
カフェラテ、おいしい。テイクアウト用のふたの飲み口が丸みを帯びているタイプだったことが記憶に残った。優しい。

京都御所を中に含む一帯、京都御苑の入口につく。
入口の看板を読んでいたら、「遷都に伴って多くの公家たちも東京に移住し……」という一節があり、「東京に移住」という令和でもポピュラーなフレーズと公家という単語の組み合わせが妙につぼにはまって写真をとった。
頭のなかで、「遷都して公家たち東京に移住」が妙なラップ調の声で再生され始めてしまう。
だだっぴろい砂利道を、足元をじゃこじゃこいわせながらゆっくり散歩。青空を鳶たちがゆうゆうと飛んでいた。
さて、御所にはどこから入るのかしらと思っていたら、なんと門の前に「本日はお休みです」の看板が。私のいささか失礼な脳内ラップがいけなかったのだろうか。
気を取り直して、あてどもなくさまよいながら、ChatGPTに数時間のプランを相談。
もともと、近くにある誠光社さんという書店さんには行きたいと思っていたのだけど、それに加えてもう少し遠方まで足を伸ばしてみるか、どうか。結論としては、私の性格にあわせた提案として「半径小さめ・密度高め」を提案されたので、無理せず徒歩圏で楽しもうと決める。
まずは誠光社さんへ。角を曲がってすぐ、路地の佇まいに趣があって素敵だなと思う。

期待値がすでに高かったのだけれど、中へ入ると気になる本が次から次へと目に飛び込んできた。
前日の文学フリマではひとり出店ということもあって存分には回れなかったこともあり、つい何冊も買ってしまう。いい書店さんには続いてほしいので、悔いはない。
ここに来たから出会えた本、に何冊も会えた。感謝。
ほくほくした気分で書店を出る。
早めのランチを食べたいと思ったけれど、いいなと思ったカフェは11:30から。
どうしようかなと考えて、鴨川のほとりのベンチに座って、文学フリマで購入したZINEを読む。翌日からは大寒波らしいけれど、この日はぽかぽかと温かくて、地元の人たちも行き交う鴨川沿いでの読書はとても気持ちがよかった。
開店時間を待って、目当てのカフェへ。
ランチプレートは、おかずがハニーマスタードチキンと油淋鶏、主食はごはんとパンで選べるという。おそらくハニーマスタードチキンはパン、油淋鶏はごはん用のおかずなんだろうなとは思ったけれど、揚げ物ではない肉と、パンではなくごはんが食べたかったので、ハニーマスタードチキンとごはんを選択。
ランチプレートは、サラダがたっぷりに、小さなお惣菜がいくつか載っていて楽しい気分。
ハニーマスタードチキンは、ごはんでも美味しかった。今日の気分にちょうどいい。後から来た人たちはやっぱり、「油淋鶏とごはん」または「ハニーマスタードチキンとパン」の組み合わせを選んでいるのが続々と聞こえてきた。うん、さみしくないよ。

とっても満足したので、ゲストハウスに荷物をとりに帰り、バスに載って京都駅へ向かう。観光地の多い場所を通るバスだったので、途中、外国の方々もたくさん乗ってくる。
中国語で「座る?座らない?」みたいな言葉がちょっとだけ聞き取れて嬉しい。後ろでは韓国語のおしゃべりがところどころだけ、わかる。
しかし、途中から横に立ったカップルの音は、聞き慣れない。最初、中国語っぽく聞こえたけれど、いわゆる普通話(プートンファー)とは大きく違うなと思う。音の抑揚は中国語というよりは、タイ語とか東南アジアみたいにふわっとやわらかく聞こえる。ChatGPTにそんな特徴を聞いてみると、おそらく広東語では、と言われる。ふむふむ。確かではないけど、広東語はこういう音なのかもしらんと、生の広東語(らしき音)を聞きながら楽しく思う。
京都駅で、今度は迷わず新幹線の自由席チケットを買う。
おみやげ売り場で、おみやげを探す。小さなパックに入った生八ツ橋と、焼いた八ツ橋をちょこっと。あと、子には靴下。ちいかわが八つ橋を食べているデザイン。
帰りの新幹線ではひたすら本を読んでいた。贅沢な時間。
1/21(水)文学フリマ京都・3日後
本当はここまでで、日記を終えるはずだったのだけれど。
文学フリマから3日後のこの日、一通のメールが届いた。タイトルは、「風船の手紙受け取りました」。
私の歌集『百年後くらいに詠み人知らずって見つけられたい私のZINE』のあとがきの内容の、返信のようなタイトル。文学フリマ京都で歌集を買ってくださった方が、感想をメールでお寄せくださったのだった。
スマホで何気なく開封して、読みながら文字通り、むせび泣く。
万人に受け入れられなくてもいいから、どこかの一人に深く届いたらうれしいな、と思って形にした歌集が、本当に、少なくともおひとりには深く届いたことがわかって、言葉にできないほどに感動をした。これほど共鳴する方がおひとりでもいたのなら、それだけで、京都へ行ってよかった。心からそう思った。